(Q575959)

English

anti-intellectualism

anti-philosophical attitude

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もちろん言葉にはいろいろな使い方があってよいのですが、日本で反知性主義がよく誤解されるのは、「反知性・主義」と捉えられるからです。本来は「反・知性主義」なので、いつもその点を強調しています。まず前提として、インテリがいろいろな物事を牛耳っている「知性主義」というものがあり、それに反発する力として反知性主義がある。知性そのものではなく、それに付随する「何か」に対する反発です。 (Japanese)
知性主義自体にはよくない面があるので、反知性主義は、ある意味で社会の健全さを示すものだと思います。反知性主義が生まれたのは、元をたどれば教会権力という、政治権力とは異なる権力系統があったことと関係しています。教会の権力化自体は問題ですが、政府とは別の権力があることで中心が二つある楕円の権力構造ができたことが西洋史のポイントです。したがって反知性主義とは、上にある知性をひっくり返して自分が上になってやろうというものではなく、知性主義とは別の価値軸で並び立ち批判できる力を持つものなのです。そうでなければ、単なるルサンチマン(怨恨、怨嗟)ですから。 (Japanese)
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広く読まれた森本あんりさんの『反知性主義』(新潮選書)を参照すると、反知性主義の根源は宗教改革までさかのぼれます。当時主流派だった、「身体」に働きかける儀礼を重んじるカトリックを、「言語」による聖書の読解をもとに批判したプロテスタントは、正統に挑戦する人々という意味では反知性主義だと言える。むしろ言語をベースにした、「反正統主義」としての反知性主義ですね。 (Japanese)
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